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ヨガ備忘録

先日のリカ先生のアヌサラIのレッスンで教わった
「人生の5つの苦しみ」と乗り越えるための「3つのこと」

実践するにはどうすればいいのか、ずっと考えていた。
考えてもわからない部分は質問するしかない、と
アヌサラIBのレッスンの前にケイコ先生に聞いてみたので備忘録。

人生の5つの苦しみ
●無知
●エゴ
●執着
●憎悪
●生への執着

乗り越えるための3つ
●修行・訓練
●自己探究心
●手放すこと
前の記事では「解き放つこと」って書いたけど
「手放すこと」のほうが表現として合っているような気がするので訂正





●自己探究心
5つの苦しみと自分は違うものだ、と認識すること
赤い服を着ていても青い服を着ていても、わたしはわたし
エゴイスティックなわたしは常にエゴイスティックなわけではない
変わらない本質のわたしと変わるわたしを区別すること

アヌサラのインボケーションの最後の1行
Niralambaya Tejase 支えなしに輝く
人間は本来輝いている存在なのに
それを覆い隠してしまっているのは自分自身である

苦しみから離れること
苦しみから目を離さないこと
どちらも修行である

修行・瞑想・哲学の勉強
自己探求への道は一生モノだわ…




●手放すこと
いるものといらないものを区別すること
「なぜ必要なのか」「なぜ必要ではないのか」
自分自身で認識すること

エゴでも必要なものもある。
例えばスポーツ選手からエゴを取り去ってしまったらどうなるか?
サッカーでボールを譲り合ったらどうなるか?
人間から生への執着を捨ててしまったら?

「必要である」ことを認識するのは比較的簡単かもしれないけど
「必要でない」を認識するのは難しいと思う。
モノでもそうなんだから、ましてはヒトへの思いとなるとね…。




ヨガに出会う何年も前、ある人から
「いまのはゴメンナサイじゃなくてアリガトウでしょ」
と注意されたことがある。
わたしの知らない間に誰かが何かをやってくれていたことに対して
「ゴメンナサイ」「スミマセンでした」と言ったときのことだったと思う。
何年も前のことなので、細かいことは忘れてしまった。
当時の場面は忘れたけれど、言われたことだけは覚えている。

アヌサラヨガでは感謝することが多い。
ほかのヨガでもそうかもしれないけれど
アヌサラヨガ以外を学んだことがないので
ここではアヌサラヨガ、と限定させてもらいます。

レッスンの始まりと終わりには
「自分自身のなかの光に向かって頭を下げましょう」
最初はNiralambaya Tejaseの意味がまったくわかっていなかったので
「わたしのなかには光なんかないのに…」と思ったもんだ。
いまでもちょっと思ったりする。

リー先生のリラックスのレッスンでリー先生がよく使う言葉
「いつも頭を支えてくれる首にありがとーーーーって意識を送りましょう」
リー先生はとてもスピリチュアルな部分の強い人というか
煩悩がとてもとても多いわたしにはまぶしような存在の先生。
最初は「首にありがとうって…」と戸惑ったりもした。




最近ヨガのことをしたり顔で書いていると
自分がとてつもない偽善者に思えてくる。
お腹のなかはまっくろくろすけで
ヨギーとはほど遠い人間だってわかってるもん。
でも、ヨガを始めて肉体が変わってきたように
人間の中身ももしかすると変わることができるかも?

煩悩が多いってことは、光り輝く自分を覆っているものが厚いってことなのかもしれない。
ゴメンナサイとアリガトウは、そんなに遠い意味の言葉じゃないかもしれない。

「ムカつくババァだったけど、死なれてみるとちょっとさびしいね」
って言われるらいにはなりたいな、と思う今日この頃。




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テーマ : ヨガ
ジャンル : ヘルス・ダイエット

tag : ヨガ

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